怠け者の自分にやる気を出させる・継続させる為の3つの方法
怠け者にとって、掃除と言うのは中々大変な腰の重い作業の一つです。掃除をすれば部屋も気分もスッキリ!するのは理解しているけど、中々どうしても取りかかる気になれない。
ハッと気がついて見回してみたら部屋や机の上、台所まで散らかっているという方は多いのでは。しかしこれは逆転の発想で「普段掃除が苦手でしていないからこそ、掃除をした時の効果はその分上がる」と考えることができます。
部屋の汚れを”怠け”のバロメーターにする
たとえば日本には、年末の大掃除という習慣があります。きっちりと大掃除を終えて新年を迎えると、なんとなく晴れやかな気分になれるものです。たとえば日本には、年末の大掃除という習慣があります。
きっちりと大掃除を終えて新年を迎えると、なんとなく晴れやかな気分になれるもの。これとは反対に部屋の中が汚くなっていくと、どんどん「どうでもいいや」という気分になって怠け者度が上昇してしまいます。気分も憂鬱になってくるし、部屋を散らかす事、汚したままで放置していく事は何も利点がありません。
実際、ニューヨークの地下鉄で車体や駅構内での落書き対策を強化したところ、罪件数そのものが減っていったという実例もあります。ほんの小さな汚れを放置しておくと町全体が汚れてきて、犯罪も増加してしまいます。これを”割れ窓理論”といいます。
割れ窓理論
窓ガラスが一枚割れたまま放置をする
↓
無関心であるサイン
↓
軽犯罪が増加する
↓
モラルの低下
↓
凶悪犯罪が増加する
日本でもシャッターや壁などに落書きが見られますが(タギング問題)、これらを街ぐるみで消している自治体もあります。※余談ではありますが、建造物への落書きは「建造物等損壊罪」や「器物損壊罪」。犯罪に当たります。
私は「家がどれくらい散らかかっているか、汚れているか」を心のバロメーターの様に考えています。家か散らかっているという事は、それだけ鬱憤がたまっているという事。怠けクセが表面化してきている証拠だと考えます。そしてそれに気がついたら一気に大掃除をすることで、心にたまったモヤモヤもリセットしてしまいます。
ちなみに年末の大掃除という習慣がないアメリカでは、大掃除の代わりなのか頻繁に引越しをする習慣があります。引越しとなれば、嫌でなんでもとにかく掃除をしなければいけなくなるわけですから、中々合理的かもしれません。
ちなみに私も物を整理したい時、大幅に減らしたい時は引越しをしてしまいます。
常習性のある消費に手を出さない
喫煙者がなかなか禁煙できないのは、別に煙草が美味しいから、と言う理由だけではありません。煙草に「常習性」があるため、その習慣から抜け出せないのです。自己管理の苦手な怠け者にとって、この「常習性」という言葉はかなり大事なキーワードになります。
私はスマートフォンなどの基本無料のゲームをプレイしません。コンシューマーゲームではRPGやSLG、オンラインゲームなどはプレイしないと決めています。それらのゲームに興味がないのではありません。
むしろゲームが子供の頃から好きで、やり始めると時間を忘れてやるべき事を放置して何時間もプレイしてしまう、そんな”怠け者”の自分がここに存在する事を理解しているからこそ、手を出さないのです。
特にスタミナ制のゲームなどは危険です。私の場合、気になってちょくちょくログインしてしまう。これは経験に基づいた言葉です。もちろん、きっちりと割り切れる怠け者でない方は別です。楽しんでも問題無いでしょう。
楽しい事には必ず常習性が存在する
最近人気の海外ドラマなども見ないようにしていますし、50巻や100巻もある漫画も面白いとか内容に関係なく「長い」という時点で避けるようにしています。
自分の性格からして、そんなものに手を出したら予定もスケジュールも忘れて大変なことになってしまいます。もちろん興味はありますし、海外ドラマでは最近よく聞く「ウォーキングデッド」なんかは面白いだろうなとは考えますが…
趣味を持っことは大切ですし、好きなことや楽しい事、それには多かれ少なかれ常習性が含まれるものです。ただし、同じ趣味でもゲームのような「時問の浪費につながる常習性」の趣味には手を出さないようにしています。
時間の浪費にならない趣味といえば、スポーツなどはその典型です。私はスポーツは得意ではないので、ジョギング程度ですが。また、音楽鑑賞のように同時進行で別の何かが出来る趣味のほうが、怠け者には適していると言えます。
自分の日常を「常習性」というキーワードで洗い直していくと、どうして自己管理が苦手ななのか考えが見えてくるかもしれません。
常習性のある遊びや趣味には注意
やってみる
↓
ハマる
↓
時間を忘れて没頭してしまう
↓
予定も生活もめちゃくちゃになる
↓
だからゲームはしないと決める!
雨が降ったらとにかく休む
何かを継続していく為には、どれだけ大きな目標がありやる気があったとしても「自分は怠け癖がある人間なんだ」という自覚だけは失ってはいけません。一時的に気分が盛り上がることはあっても、基本は怠け者。根を詰めすぎると疲れてしまいます。
そのため、私は趣味のジョギングについて「雨が降ったら休む」という自分だけのルールを設けています。
この習慣ができてしまって以降は、雨の降る日には絶対に走りません。一種のご褒美でもあるし、息抜きでもあるし、文章でいえば句読点をつける様なもの。同じ休むにしても「今日もジョギングにそろそろ行くか!うわ、雨が降ってる。面倒だから今日はやめよう…」と休むのと、最初から「雨の日は絶対にジョギングは休む!絶対にだ!」と決めておくのでは中身が全然違いますよね。
偶発的な休みは自分へのご褒美に
義務教育の頃、台風が来て休みになると土日の休みより嬉しかったのを思い出します。前者はサボり癖に繋がっていきますが、自分が決めたルールに従って休む場合は、「純粋な意味での休息」になるので問題ありません。
もう少し詳しく説明すると、休まずに続けていこうとするのは「内部からの強制カ」に頼る行為です。私達”怠け者”は「内部からの強制力」だけでは物事を継続できません。むしろ心理的な負担を感じて「…ぁぁー!もういいや!!」と全部投げ出して逃げたくなってしまいます。
毎日毎日休まない事を優先した結果、継続出来なくくなってしまったら本当に元も子もありませし意味がありません。自分の性格や特性を今一度よく考えて把握して、上手に息抜きの時間や機会を挟みましょう。
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